Masuk熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいまま。 肉や野菜も傷まず新鮮なまま保てる――まさに万能の保管庫だ。
「ついでに、ちゃんと冷やす機能も欲しいよな……」
すぐ隣に、同じような木箱をもう一つ用意。 魔石に〈フロスト〉の魔法を付与して、“冷蔵庫”としての機能を持たせた。
これで保存環境は格段に向上した。 暑い日の冷たい飲み物から、作り置きのスープまで―― どれも快適に保管できる。
「んふふ……快適生活ができるな。アリア、驚くだろうな……?」
アリアの驚いた顔を想像すると、自然と笑みがこぼれる。 ふたりの暮らしが、またひとつ豊かになっていく。
「……でも、だいぶやり過ぎた感があるな。まっいっか、アリアと暮らすだけの家だしな。他の奴は、ここには入ってこれないんだし……」
前世での暮らしにはまだ遠いかもしれない。 けれど――この異世界で、ここまで快適な生活環境を整えられたことは、 確かな誇りでもあった。
♢ミーシャとの共同生活アリアが作ってくれた料理を、異空間収納から取り出し、盛りつけていたときだった。 ――外で、「ガタッ」と何かが揺れる音がした。
不審に思って扉を開けると、そこには銀髪のネコ耳を持つ少女がいた。 玄関近くの壁にもたれかかり、座ったままウトウトしていたらしい。
こちらに気づくと、少女は一瞬気まずそうな表情を浮かべ、それをすぐにムスッとした顔に切り替えた。
「そんなところにいないで、家に入るか?」
ユウヤが優しく声をかけると、少女はプイッとそっぽを向いた。
「ふんっ」
でも完全に拒絶しているわけじゃない。 時おりチラッチラッと俺の様子をうかがっているし、昼間のように逃げる素振りもない。 ……ってことは、誘ってほしいってことか?
ユウヤは、その不器用な態度からそう察した。
「はぁ……。良かったら、入れよ」
少しだけ呆れたように言うと、少女は不満げな顔でぼそりと返した。
「……仕方ないわね。入ればいいんでしょ」
そう言いつつも、素直に家の中に入ってくる。 キョロキョロと部屋の中を見渡しながら、足取りは軽く、どこか嬉しそうだ。
……が、キッチンに目を向けた瞬間、声を上げた。
「わっ……な、何してるのよこれっ!?」
少女は、ユウヤが改造したキッチンを見て、驚きと怒りが入り混じったような声を上げた。 その瞳は、まるで信じられないものを見たかのように、驚きで大きく見開かれていた。
「あ〜。それ、キッチンを使いやすくしたんだけど?」
ユウヤが説明すると、少女は一瞬きょとんとしたあと―― みるみるうちに目が潤み、今にも泣き出しそうな顔になった。
「はぁ? わたしの……思い出のキッチンだったのにぃ〜……もぉ、ばかぁ……」
その言葉に、ユウヤはハッとした。
「……悪い。やっぱり、ここ……お前の家だったのか?」
家具が揃っていたこと。 この家が森の一番近くにあったこと。 壁には、どこか無理やり補修された跡。 ――魔獣に襲われるとすれば、たしかにここしかない。
ユウヤは少女の言葉と状況から、ようやく確信した。 この家は、彼女が住んでいた家だったのだ。
「そうよっ! わたしの家だったのっ! だから、元に戻しなさいよっ!」
銀髪のネコ耳の少女が、ポロポロと涙をこぼしながら訴えてくる。 その姿は、怒っているというより―― 大切なものを壊された、悲しみのほうが大きく見えた。
……でも、悪いけど、戻すつもりはなかった。 すでに所有権は俺にあるし、この拠点は必要だった。 ユウヤは、少女の気持ちを理解しつつも、静かに自分の立場を選んだ。
「……お前、腹減ってないか?」
少し間をおいて、話題を変える。 少女はムスッとしたまま、腕を組んで……でも、お腹をさすりながらボソッと答えた。
「ううぅ……ぐすん。お腹、減ってない……っ」
「そっか。俺は夕飯まだなんだよな〜。……一緒に食ってくれるか?」
そしてユウヤは、あえて強めに言ってみせた。
「――あ、一緒に食べるぞ。ほら、食えってー」
言葉とは裏腹に、少女のお腹は小さく「ぐぅ〜」と鳴っていた。 それでも彼女は視線を逸らしながら、テーブルに並べられたアリアの料理を何度もチラチラと見つめている。
……素直になれない。けど、本当はちょっと嬉しそう。
ユウヤは、その気持ちに気づいていた。だからこそ、 この“半ば強引な誘い”が、きっとちょうどいい距離感だと思えた。
「……うん。わかった。一緒に食べれば良いんでしょ!」
散々、文句を言ってスッキリしたらしく、少しは素直になった。少女は、ユウヤの言葉に渋々といった様子で頷き、テーブルについた。
「わぁ~!美味しい……これっ!」
一口食べると、少女の顔は一気に輝いた。その瞳は、料理への驚きと喜びでいっぱいに見開かれている。
「な。美味いな~」
ユウヤも、アリアの料理の腕前を改めて賞賛した。
「うん♪美味しい~」
少女は、ご機嫌そうに料理を食べ始めた。頬をほころばせ、ひと口ごとに小さな幸せを噛みしめているようだった。その様子を見て、ユウヤはふと、彼女のことをもっと知りたいと思った。悪い子には見えないし、もし困っているのなら、力になってやりたい。
「……助かります。ダンジョンと言っても三箇所ありますし、それがいつ、どこなのかを分からずにユウヤ殿を向かわせるわけには……連絡も取れない状態になるのは得策ではないと判断を致します」(ん〜転移で順番に見回りをすればいいんじゃないの?) ユウヤはそう思ったが、ギルマスとしての立場もあるだろうし……従うか。作戦を立てるのは、明らかにギルマスの方が歴が長いわけだし。ユウヤはギルマスの判断を尊重することにした。「はい。従います。ギルドで待機ですね」 ユウヤが承諾すると、ギルマスは安堵したように息をついた。「はい。情報をギルドに集めるように指示を出すので、その情報を分析して三体がどこに出るのかを探ります。おそらく同じダンジョンだと思われますが……大丈夫でしょうか?」「前回と同程度ならば、問題は無いと思います」 ユウヤは、自信に満ちた表情で答えた。それ以上でも問題ないけどなぁ……むしろそっちの方が楽しめると思うし。その時は……アリアとミーシャには悪いけど転移で帰宅させる。最悪、俺も逃げればいいしなぁ。ユウヤは内心で、そんなことを考えていた。「ここじゃお邪魔だろうし、食堂で待機してますね」 ユウヤが気遣うように言うと、ギルマスは大きく頷いた。「こちらを使って構いませんよ。私も表に出ないといけないので、ご自由にお使いください」「では、お言葉に甘えてミーシャやアリアの休憩をさせるのに使わせてもらうかもしれません」「分かりました。他の職員にも伝えておきます」 ギルマスはそう言うと、ユウヤたちに深々と頭を下げた。「では、行きますか」 ユウヤがミーシャとアリアに声をかけると、二人は頷いた。「よろしくお願いします」 ギルマスの部屋を出ると、ギルドのホールはすでに大勢の冒険者でごった返していた。彼らの顔には、緊張と、これから来る戦いへの覚悟が混じり合っている
ギルマスは、ユウヤの言葉に苦笑しながら、ゆっくりと説明を始めた。その表情には、ユウヤと同じく疲労の色と、少しの困惑が浮かんでいる。「あ、こちらも疲れているだろうなと思い、話を聞きたかったのですが……こちらが、遠慮をしているのに気づかれて、明日もと仰られたかと」 ギルマスの言葉に、ユウヤは「そうだったのか」と納得したように頷いた。「そうなんですね、聞きたいこととは何でしょう?」 ユウヤが尋ねると、ギルマスは少し言い淀むような表情を見せた。言葉を選んでいるようだ。「言いづらいのですが……決して疑っているわけではないのですが、ダンジョンのボスの魔石を拝見できないかと……」 その言葉に、ユウヤはすぐに合点がいった。「あぁ〜討伐証明ってことですね。当然ですよね」 ユウヤは理解を示し、異空間収納から三つの魔石を取り出した。それは、バスケットボール以上の大きさで、他の魔石と比べると明らかに異質だった。怪しげな邪悪なオーラが可視化できるほど放たれていて、触れるのも危険な感じがした。「あ、これは触ったら危険ですよ。多分」 ユウヤが警告すると、ギルマスと受付嬢は顔色を変えた。その肌は、一気に青ざめていく。「……は、はい……雰囲気で、本能が危険だと伝えてくるレベルですね。触ることや、近づくことさえできませんな」 ギルマスは、その魔石から放たれる圧倒的な邪気に、思わず後ずさった。受付嬢も、困った顔をして、テーブルに置かれた魔石を恐る恐る見つめていた。「どこかに運ぶんですか?魔石の移動を、手伝いますけど……他の人は触ることは控えてくださいよ?多分、良くて死にますね……最悪、魔物や魔獣に変わる恐れもありますからね……分かりませんけど。そんな気がします」 ユウヤは、その危険性を改めて忠告した。「これは……
「しかし、ユウヤ殿のパーティがその魔獣を殲滅し、さらに他のパーティや村人たちを治療し、的確な指示を出して救援を行ったことで、被害は最低限に抑えられました。」 ギルマスが淡々と事実を語る。この時、シャルはダンジョンに潜っていて、パーティが瀕死の重症を負っていた時で、村の状況は転移で返されて惨状は知らないんだったな、とユウヤは思い出した。 ギルマスはチラッとシャルを見つめ、彼女が理解できたかを様子見するように話を続けた。「Aランク以上の実力があるという証明になると思いませんか? Aランク冒険者を助けられるほどの力を持ち、実力を伴っているのにCランクのままにしておくのは不利益で、お互いに損ですからね。お分かりになりますか?」「は、はい……分かりました……」 シャルの声は、さらに小さく震えている。「では、次ですな。SSランクというランクは、特別で伝説級と言われるほどのランクで、王国内でもおりません。Sランクが上限でした。そのSランクの冒険者が王都を襲う魔獣の討伐に出向き、瀕死の重傷、死亡者も出す事態となり、ユウヤ殿の噂を聞いた国王陛下が直々に討伐の指名をお出しになられたのです」「はい?」 ユウヤは思わず声に出してしまった。それ初耳なんですけど? 誰からも聞いてないってば? 王国から討伐部隊が出てるって聞いた気もするけど、Sランクだったのか。自分のことなのに、初めて知る事実に驚きを隠せない。「Sランクのパーティや冒険者でも太刀打ちできない魔獣ですよ?そのボスを、1日に3体も討伐し――しかも無事に帰還するという快挙を成し遂げたのです。実力は本物です。私も認め、国王陛下も認められました。」 ギルマスの表情が変わった。さっきまでの穏やかだった雰囲気が消え失せ、鋭い目つきでシャルを見つめていた。国王陛下も認めたことを否定されているからか、その威圧感は増している。「これに異議を唱えるのならば、それ相応の覚悟をしてもらわなければなりませんぞ?ユウヤ殿に助けられた者は数多く、命の恩人として崇める者もいるほどです。村を、家族を救った救世主様―
そりゃ……そうだろ。そんな話を聞いていたら仕事にならなくなる。少しは考えてくれ……。 それに、自分が置かれている立場を理解しているのか? 俺が言うのもなんだけど……命を助けられて、その相手に堂々と嫌がらせ行為をみんなの前で昨日したんだぞ? 俺は気にしてないし、シャルの性格を理解しているからいいけど。特に、慕ってくれるパーティが増えちゃって、周りが許さないだろう……。 もう二人だけの問題じゃなくなってることに気づいてくれってば。ユウヤは心の中で、やれやれとため息をついた。「はぁ……じゃあ、付いてきて。でも、納得したら大人しくしてろよな」 ユウヤは諦めたように肩をすくめ、シャルに提案した。「ん?もちろん、納得したらね」 シャルはユウヤの言葉に、わずかに警戒しながらも頷いた。その瞳の奥には、まだ疑惑の光が宿っている。♢ギルドマスターとの面会 シャルが首を傾げてユウヤを見つめてくる。ユウヤと話していることに、まだ誰にも気づかれていないので、ユウヤはシャルを連れて受付に向かった。「あ、ユウヤ様。今日は、どのような……」 受付嬢が、いつものように丁寧な口調でユウヤに尋ねた。「あ〜えっと、ギルマスに挨拶をと思って」 ユウヤが目的を伝えると、受付嬢はすぐに理解し、柔らかく頷いた。「はい、かしこまりました」「聞いてきてくれる間、受付の中で待っててもいいかな? 人目があるから」 ユウヤは、シャルのことを気遣い、小声で尋ねた。外で騒ぎになるのは避けたかった。「はい。どうぞ、こちらでどうぞ」 受付嬢は心得たように、ユウヤたちを職員用の通路へと案内した。普通の待合室というか、職員の休憩室に通されたが、すぐにギルマスに呼ばれた。「お待たせして申し訳ありません。ギルマスがお待ちです」 受付嬢の言葉
ユウヤが注意すると、ミーシャは小さく「はぁい♪」と返事をして、待ちきれないとばかりに肉串に手を伸ばした。「はむっ! 熱いっ! あつ、あつっ。あわわわぁ、アリアちゃん……焼けてるよね??大丈夫かなぁ? はふぅ……はふぅ……熱いぃぃ……」 まだ、じゅうぅぅ~と音を立てている肉をミーシャが口に頬張り、熱さに涙目になりながらも必死に声を上げていた。その必死な様子が、ユウヤには可愛らしくて仕方ない。「うん。焼けてるよ。大丈夫だよ♪」 アリアが優しく微笑み、ミーシャが差し出す肉の断面を確認してあげる。口に入れた肉が熱くて涙を流しながらも確認を求めるミーシャの姿は、ひたすらに可愛らしく、ユウヤたちの心に温かい感情を呼び起こした。 香草を塗った大きな肉を定期的に向きを変えつつ、肉串を食べていると、アリアが何やら得意げな顔で異空間収納から鍋を取り出した。「あれ?これから作るの?」 ユウヤが思わず尋ねると、アリアはにこやかに首を横に振った。「えへへへ……♪ ううん。ユウくんのマネだよぅ。家でね、下準備をしてきたんだ〜♪ あとは肉串のお肉を入れれば完成だよっ!」 どうやら家でスープを作って、異空間収納に入れて準備をしてきたみたいだ。そういうサービス精神と気遣いが、ユウヤにはとても素敵だと感じられた。 アリアとミーシャの異空間収納は、ユウヤと同じく時間停止が付与されている。なので傷まないし、料理の出来立てを入れれば、出した時も熱々のままだ。「なんだか、昼から豪華な食事になっちゃったな」 ユウヤは、目の前の豪華な食卓に目を細めた。「そうだよね〜♪ ミーシャちゃんのおかげだね〜」 アリアが優しくミーシャを褒めると、ミーシャは途端に顔を赤く染め、なぜかユウヤの後ろに隠れてしまった。 ん……誰から隠れているんだよ。ていうか、肉串が服についてるんですけど。すぐにきれいになるからいいんだけど。
「そうだよ。三人で遊んだことないよっ」 ミーシャが大きく頷きながら、少し不満げに口を尖らせた。「うぅ〜ん……ないよね〜」 アリアも、過去を振り返るように首を傾げた。 朝食を終え、三人は連れ立って村を出て、近くの森へと足を踏み入れた。森の中は驚くほど静まり返っていて、鳥のさえずりや風が木々の葉を揺らす音だけが聞こえてくる。魔獣の気配はほとんどなく、獣を数匹見かけただけだった。 「遊び」と言っても、各々が好きなことに没頭することになった。ユウヤは、獣用の罠を仕掛けたり、木の実を探したりと、自分の趣味に没頭していた。アリアは、しゃがみこんで薬草や山菜の採集に夢中になっている。そしてミーシャは、まるで本能に従うかのように、イノシシを狩っていた。 魔物や魔獣が出ても、今なら一人でも簡単に討伐できるだろう。お互い好きなことをして遊んだ、ということになるのだろうか? これは、本当に三人で遊んだことになるのか、ユウヤには疑問だった。しかし、皆が楽しそうにしているなら、それでいいかと思った。 森に入った感じは、以前と比べて魔物や魔獣の出現率がかなり落ちていて、平和になった印象だ。それでも時折出現はしているので、対応ができる者でなければ危険だろう。 昼近くになり、アリアはユウヤの近くで採集をしていたので自然と合流できた。しかし、ミーシャは獲物を追いかけて遠くに行ってしまったため、ユウヤは仕方なく強引に転移で合流させた。「わぁっ。なに?えっ?」 ミーシャは、突然の空間移動に目を丸くし、混乱した声を上げた。「楽しめた?」 ユウヤが尋ねると、ミーシャはすぐに状況を理解し、不満げに口を尖らせる。「もぉ。今、獲物を追いかけてたのにぃ。楽しめたよっ!いっぱい獲れたぁ〜」 ミーシャは不満を漏らしつつも、異空間収納から獲れた獲物を取り出し、俺たちに見せてくれた。その数、獣が五体も獲れていた。イノシシが三体、シカが二体だった。その獲物の多さに、ユウヤは少し呆れた。 こんなに獲れるなら、売りに行けばかなりの現金収入になるな。「じゃあ、獲れたのを料理して食べたら、村へ行くか」「「はーい」」 アリアとミーシャが声を揃えて元気よく返事をした。 家に帰らずに、森の開けた場所で久しぶりに獲物を解体して、シンプルに味付けをして焼いて食べた。自然の中で食べる肉は、格別だ。滴る脂が